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「佐藤栄作とケネディ大統領」

佐藤栄作がケネディ大統領を訪問したのは、昭和37年10月である。総理に就任する2年前のことだ。佐藤の名は、まだアメリカでは知られていない。
折しも、米ソ間は一触即発の緊迫した関係にあった。ソ連がキューバにミサイル基地をつくりかけ、アメリカはソ連艦船の海上封鎖にふみきっていた。
キューバ問題で沸きかえるホワイトハウスは、佐藤を抑えても、ゆっくり話し合っている暇(いとま)はない。予定の通りケネディとの会見は、短い時間で終わるかに見えた。

「大統領」
椅子を立つ間際に、佐藤がいった。
「シュバイツァー博士をご存じですね」
「ええ、存じています」
「そのシュバイツァー博士がおっしゃってますね。戦争に勝った国は、負けた国に対し喪に服するような礼をもって接しなければならないと」
「ほう」
帰りかけた佐藤をとどめて、ケネディは関心を示した。
「これは『戦いに勝つものは喪礼を以て之に拠る』という老子の教えでありまして、古来、東洋の哲学ともなっております。シュバイツァー博士は、あの1945年5月、ドイツ無条件降伏の報を聞いて老子語録を静かに味わいながら、敬虔な祈りを捧げられたと伺っております」
「そうでしたか」
ケネディはますます興味を覚えたようであった。彼はカトリック教徒としてはじめての大統領でもある。
この時の佐藤とケネディの会談は、大幅に予定を超え、1時間以上も続いたのだった。
「歴代総理の指南役:漢学者安岡正篤の講義録より」

勝者を、権限を持つ者・上司・親・先生に、敗者を職員・部下・こども・生徒と置き換えてみても当てはまる。立場の強いものは弱い者に対して頭を垂れる謙虚さがいると思う。
相手に対する労いと感謝の心を忘れない人間になろうと、私は受けとった。