公チャンネル

安岡正篤先生に学ぶ
『大器晩成』

 人は自然が晩成した大器である。自然の法則は
人間においても同じで、人間は、早くものになる
というほど危ういことはない。人間もなるべく晩
成がよい。
 人間も自然の一部である。体内も自然の流れに
即している。出産は未熟児で生まれる。牛や馬と
違い生まれてすぐ歩き走り出すことはできない。
ゆっくり庇護の下に人間として成長するようにな
っているのだ。
 ところが、早い段階から幼児教育が始まり、左
脳を鍛え始める。確かに早い段階からの教育は、
ある程度の成果を生む。その結果、俗に言う「頭
のいい人」が生まれる。
 親は、知的に早く育つことを望む。社会もスピ
ード化し、その速さに追いついていかないと、不
安になる。
 しかし、人間はカイワレ大根ではない。知識だ
けで大きくなった人間は、人生の機微がわからな
く、共感、思いやりに欠け、人間関係がギクシャ
クする。知識が使えないことになる。
 作家も早くデビューしたものは、晩年には売れ
ない作家となる、といわれる。なぜか、苦労や辛
さを経験しないできたため、人間に訴えるものが
なく、薄っぺらな文書しかかけなくなる。文書は
書く人の思想が文字になったものである。
 人間は成長過程に応じて、精神的苦労を重ねて
いった、その人なりの人間としての味が出る。そ
の味が、言葉や文字になって、人の心に響くので
ある。人間の命の根っこを深く育てることが、妙
味のある人間になる。大器晩成とは、目に見えな
いいのちの根を育てる人が、大きな花を咲かせる。