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安岡正篤先生に学ぶ
『家庭』

 父は子どもの尊敬の的でありたい。母は子ども
の慈愛の座でありたい。なぜならば家庭は子ども
の苗代だから。
 世の中が荒れている。大銀行や証券会社の倒産。
家庭内暴力による子殺しや親殺し。学級崩壊、不
登校、ニート等。この手のニュースは、毎日流れ
てくる。
 韓流はんりゅうブームで韓国のテレビドラマや俳優が日
本でモテモテだ。日本人が無くした思いや恥じら
いが、テレビドラマにはあるからだ。
 日本はご神木や石など、目に見えないものを敬
ってきた。ところが文明は発達し便利になったの
と引き換えに、私たち日本人が持っていたこころ
を失った。分析や証明できるものだけしか信じな
くなった。
 子供は偏差値で評価され、大人は業績で評価さ
れてきた。家庭や職場は戦場と化した。
 昔、父のことを「ととさま」、母のことを「か
かさま」といった。「とと」とは尊い人であり、
「かか」とは太陽のようにマッカッカで明るい人
である。家庭の中から、尊い人であらねばならな
い父親や、太陽のように明るく愛に満ちた母親が
消えてきた。子どもにとって、モデルとなる人が
見つからなくなってきた。どんなことがあっても
我が子を抱きしめる母がいなくなってきた。その
代わり、家の中で居場所のない父と、がみがみい
う鬼のような母親が増えてきた。
 娘から父の日に手紙をもらった。「いつまでも
尊敬できるひとであること」と書いてあった。重
たい手紙であるが、ちょっぴり嬉しい内容だった。
尊敬される生き方を娘に見せるのが教育である。