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安岡正篤先生に学ぶ
『縁』

 人間活動の重要な問題に「縁」というものがあ
る。全ては縁に随って行うべきものだ。人を愛す
ることも、世界や人類といった空虚な概念をろう
る前に、先ず家庭や隣人から始めてゆかねばなら
ない。
 仏陀は因縁生起を説いた。すべての事象は因が
ありそれに縁が結びついて果が生じると。
 例えば、畑にスイカの苗を植えてもそれだけで
はスイカにならない。太陽・酸素・水・肥料、こ
れらがすべて縁として結びついて初めてスイカが
できる。
 どのような縁起になるかは、種である因による。
スイカの苗を植えてメロンは生らない。蒔いたタ
ネのとおりに花が咲くのだ。
 縁にはよい縁も悪い縁もない。すべては必然と
して起きる。偶然に思えることでも、実は必然だ
った、と思えることがある。必然である縁により、
必然の結果が生じる。これが人生ではないか。自
分の思惑とは違う結果が生じても、それには人生
としての意味がある。そのことに気づいて生きる
人は幸せである。「あの縁があったから」と、お
蔭様の人生を振り返れる自分になる。
 そのために、抽象論ではなく、具体的に私にと
っての人生を歩んでいくしかない。
愛することも、身近な家庭や隣人から始めてゆこ
う。街頭募金箱にコインを入れる前に、目の前の
人を愛することができなければ、愛は空論に終わ
る。具体的にならない。具体的な行動が縁となり、
幸いの輪が広がっていく。