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『もしもあの日あの時』

 一九九〇年あきた病院に入職する。
 入職した時、すでに赤字経営、倒産状態であった。
 キャッシュバーンしていた。
 医療を継続する上で必要な支出以外は、ことごとくカットしていった。
 これはダメ、これもダメ。
 創業者は、私のやり方に腹も立っただろう。
 「俺の病院だ。好きにさせろ」、という言葉は聞かなかった。
 病院を地域に残せ、のみ指示された。
 膨大な借金を返済し、建物は建替え、わずかばかりであるが内部留保金もできた。
 私を高く評価してくれるひともいる。嬉しいことではあるが、本当の貢献者は創業者の吉村盛雄先生である。最後まで私のやり方に口出しをせず、任せてくれた。
 厳しいことも発言してきた。自分の病院のお金の使い方も制限してきた。
 よくぞ、私を解雇しなかったと思う。
 創業者の懐の大きさに感謝する。もし、解雇されていたら、今のあきた病院がどうなっていたのだろうかと思うが、それはわからない。ほかの人が再建に携わり今よりもっと良くなったかもしれないし、倒産していたかもしれない。
 今のあきた病院が健全であるのは、八割は創業者の貢献であり、残り二割が私をはじめ共に働いた職員である。
 さぁ〜これから、あきた病院をどこに向かわせるか。
 創業者の遺志をつなげながらコックピットからゲットアウト。