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『少しお金の話を』

 今から30年前に、あきた病院に入職した。
入職当時のあきた病院は、ひのくるま。お金がない。赤字経営でした。仕入れの支払は180日のち。銀行より借金して、ボーナスを支給する。診療報酬が病院経営外に流れていました。
 私は、お金のかせぎ方、使い方を、嫌というほど見てきました。お金にまとわりつく人間の業というのでしょうか。際限のない欲の川に溺れる人の姿を目の当りにしてきました。
 お金は貨幣経済で暮らしているからには、なくてはなりません。あれば便利、なければ不便で生きにくいものです。
 お金の力を誰れよりも知っているつもりです。お金は生きるうえで、ミサイルに匹敵するくらい力強いものです。
 どうしたら、お金が手に入るのか。どうやったら、預金ができるのか。たくさんの人に教えをこい、たくさんの本を読み、利益はいかにして生まれるのか、考えに考えてきました。
 考えついたのは、お金はすべての人を幸せに、豊かにする大切な手段であるということです。生きるための大切な道具というもの。
 では、いかにすれば利益は生まれるのでしょうか。
 利益とは、本来が佛教用語。相手のためになることです。自分のためになることは、功徳といいます。
 ならば、患者さんのためになること、喜こんでいただけること以外に、利益は生まれません。
 利益を患者さん、患者さんに誠実に向き合う職員に還元していくことで、善の循環が生まれるのではないでしょうか。人を騙し、自分さえよければいい、生き方では、利益は生まれません。
 働くとは、古来日本では、傍を楽にすることだと教えられてきました。レイバーつまり苦役ではないのです。
 ありがとうと、感謝される働きこそ、利益をもたらすのです。社会に貢献し、感謝される結果として、利益がもたらされます。利益は、人々を幸せにし、より良い人生をおくる手段であり、決して目的ではありません。
 ここで、ひとつの矛盾が生じます。
 相手が喜こぶためなら、いくら費用をつかってもいいのか。相手が喜こぶことなら何をやってもいいのか。利益のためなら手段を選ばないのか。
 最少の費用で最大の利益。矛盾といえば矛盾かもしれません。相手のためにならなくても、喜こべばいい。これも矛盾です。
 どれだけ費用を使ってもいい、となれば、継続して社会貢献しお役に立つことはできません。やはり、費用は少なく適正な利益を出すことです。
 次に、相手が求めるものにこたえることが善きことかは、見極めが必要です。たとえば麻薬が欲しいといって、麻薬が相手にとって本当に求めているのか。そうではありません。相手が本当に必要とし求めているのは健康です。ニードとウォンツはちがいます。相手が求める、欲することにこたえることが、ありがとう、といわれることではありません。
 矛盾をかかえ、矛盾を調和させるのが、プロの仕事だと思います。
 ここで、病院の収入の特殊性と構造について述べます。
 一般的に商品の値決めは、経営の最重要課題です。経営者を悩ますものです。いくらなら、コストが回収でき利益がだせるのか。いくらなら買ってもらえるのか。いろんな要因を考えて、値決めをします。
 病院が提供する医療介護サービスの値段は、厚生労働省つまり国が決めます。基本的に日本全国統一料金です。診療報酬といいますが。都会でも田舎でも、新人医師でもベテラン医師でも同じ料金です。
 診療報酬は、国の財政、国民の負担力、政治的パワーバランス等々により、決められます。表現は不適切ですが、統制経済です。
 一方、人件費、地代など費用は病院の力関係により幅があります。集患力の強い病院と弱い病院では一物多価、つまり値段がちがうのです。
 収入は統制され、支出は自由経済です。歪な収支の仕組です。
 病院の組織構造は、患者数に対して医師・看護師・介護士などの数が定められています。日祝日、夜勤はできない人も、フルコースつまり日祝日・夜勤もできる人も、基準上は一人としてカウントされます。人員配置数に応じて診療報酬が定められます。基準を満たすには、有資格者を確保しなければなりません。
 病院は有資格者の集団です。資格ひとつで転職、いや病院を転々とできます。ちょっと嫌ないい方をしますが、資格ひとつで飯がくえるのです。人間性は……これ以上は口をつぐみます。
 経営者として心していることは、誇りに思える仕事・病院づくりです。誇りは、賃金以上の価値があります。誇りに思える病院づくりに取り組んでいきます。
 話を最初に戻します。
 お金はあれば便利。お金があれば豊かになれる。そのためには、お役に立てる人間になること。お役に立てる病院になること。
 利益がないということは、お役立ちできていないこと。
 そして、これは大事なことであり、働く人への約束である。
 利益があれば、分配しよう、還元しよう。